June 2010
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今日もまた違う女。規格外の関係を懐に無数に差し込んで、体温と摩擦と絶頂で、支払われる貴石だけが糸を繋いでいる。美しいとか輝きだとか、人間的感情をくすぐる印象にどれだけ依存したところで、それらは広くない限界にそっくり包囲されていて、そんなものならボール遊びと同じなのだ。転がして、跳ねさせて、どこか遠くへやってしまったらもう足元に別なボールが転がっている。肉体も精神も、ボールの内にはその程度の運動があるのみだと高を括っている。ボールの在り方を脱した生き物がひとつ。これが、もう二三増えるとすれば、人の正常さを思い出せるかもしれない。可能性の高いもののうちひとつは、もう近くにいる。
こうしてまた夢みる睡眠を忘れるだろう。
蝶の鱗粉から蜘蛛の毒へ、
びっこを引いたように踊り明かす不躾を止め、
カテドラルの様な網に緊張した爪先を立てる。
どちらの悪も鏡面に互いを写せるほどだ。
擬態を見破ることさえ出来なければ、
瞬きを視ることもなく少しく命を奪われて生かされた侭。
ひとりに還る者を見送るまで。
それは永く、一瞬間のうちに決着した様で、
けれど世界の果てよりまだ遠い、
海を飲み込み、空の津波に心が溺れても、
もうひとりが13時の方に在る。
全ての二歳児は天才だと云うが、無智が作り出せるものなど高が知れている。意識に障害されることのない想像力が創造の基幹たる力である、との考えは、それを欠く逞しい劣等感の徒によるものだ。
完全なる智に統制された計画が価値ある創造の礎であり、それが実現されるには想像力と技術力が一致する必要がある。無秩序で果てしない想像力に秩序と意味的価値を与えるのは智であり、知的想像が外世界の規格に沿う創造的具象となるには、中枢から末端へ、末端から世界との境界へと、完璧な翻訳が成されなければならない。
生れ落ちたとき課せられた使命の重さは、俺の生命そのものの重さと相似で、その軽さを感じるときには命が削られたに等しい。
それ以外の重さは、俺が差し出せる愛と両天秤に掛けられる類いのものでなければ全て、足を引き摺る。
人間的な低次欲求ならば、枷となる重さを持たないものを選ぶだけで良い。
高次欲求を満たすためならば、重い水が魂の器から零れぬよう、十全に実践されるべき愛を、篝火ほどには確かな形で永く呼吸させていなければならない。
緑ある川も、自然の神秘と美しさが既視感として衝撃的であるごく短い時間を過ぎれば、歪な偶然性が並べた被造物へと還る。
誰でも、何が好き何が欲しいと日常的に話すものだが、貴方は一切そうした話をしない、と、誕生日プレゼントを選び切れなかった女に言われた。確かに俺はそういう男かもしれない。
無智に包囲され、森に幽閉されている。
浅い水面の鏡面に成る二色刷の精神では、世界を写す事も、透過する光の仮宿と成る事も出来ない。
四日…五日目だ。時を経るにつけ、世界に対する自我の軸がズレていく。
俺は此処に所在したことが無い。足元も、この高さから見る地平も、新参者を歓迎する風ではなく、幽かにノスタルジアを含んでいて、ぽかんと口を開け、咀嚼させよとだけ命令を掛ける。
狙いは定めなかった。いつも通り、非破壊的に収穫するための刃を研いでいた。まだ知らない自分の導きで、美しく仰け反ったそれを首元に入れてみたら、不可思議な色の返り血を浴びた。
だから俺は、感染した。
堪え難い苦痛と引き換えに、死の残光としての絶頂が与えられ、世俗に散乱する生の対価が無価値であったと知った。
ルームメイトが去ってから、三日間顔を突き合わせている人間はこれで一人目だ。未体験の感覚は過去のどんなパートナーにも有ったが、あれだけ強固に貫き通した信念が侵食されていく時間を過ごすのは、呪わしいことではないのか。肯定的に他者が優先される思考が自然と成されている。過去数年間で最も破壊的な関係だ。おそらくこういった危機感も無意識のうちに忘れ去られてしまう。それは忘却ではない、消去だ。基礎から書き換えられる、大幅な修正は己に向き合う心を別物に置き換えてしまう。だが不思議と、嫌味が無い。だから無抵抗で、無闇に恐ろしいのだ。
明日もまた眼を合わせるだろうか。異常な疑問が今日も悩ましい。
いつ死のうか。デザインして、リサーチして、ディスカッションして、トレーニングして、セックスして、朝から晩までそんな考えに取り付かれている
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